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名古屋地方裁判所 昭和44年(レ)65号 判決

控訴人

杉浦さか

被控訴人(不在者)

杉浦元七

右財産管理人

築山国之

主文

原判決を取消す。

事実

第一、当事者の求める裁判

(控訴人)

一、原判決を取消す。

二、控訴人と被控訴人との間において、別紙目録記載の土地は控訴人の所有であることを確認する。

三、被控訴人は、別紙目録記載の土地につき保存登記をなし、控訴人に対し、昭和二〇年七月二四日付時効取得を原因とする所有権移転登記手続をなせ。

四、訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

本件控訴を棄却する。

第二、当事者の主張

(控訴人)

次に、附加するほか、原判決事実および理由欄中請求原因第一項ないし第三項のとおりであるので、ここにこれを引用する。

原審は、本件土地について、土地台帳上「亡」杉浦元七と記載してあること、現在、杉浦元七の年令を逆算すれば、百数十才に達していることなどから、同人については、死亡の蓋然性が高く、結局、被控訴人杉浦元七は、死者として当事者適格を欠くものとなし、控訴人の本訴請求につき、本案の審理をなさず、本訴請求を、不適法として、却下した。

しかし、被控訴人杉浦元七について、土地台帳上原審認定のような記載がなされていても、戸籍簿に登載がなく、かつ、関係寺院の過去帳によつても、同人の死亡事実が判明しない以上、同人を死亡者と確定する方途はない。また、現に利害関係人のなした失踪宣告の申立に対しても、名古屋家庭裁判所岡崎支部係官は、同人が戸籍簿に登載され生存していたことが証明できない以上、該手続によることはできないから、杉浦元七を不在者として財産管理人を選任するよう示唆したような事情もある。

したがつて、右示唆もあつて控訴人が不在者の財産管理人選任手続をなし、昭和四四年四月一二日、前示裁判所から、築山国之を不在者杉浦元七の財産管理人とする旨の審判を得たうえ、右築山国之を法定代理人として、本訴を提起したのに対し、右事情にもとづく法の止むを得ざる救済手段に思いを致さず、現行法上死者となすことを得ない杉浦元七を死者となし、同人について当事者適格を欠くものとして、本来の審理をなさず本訴を却下した原審の判断は法律の根拠を欠くもので失当である。

(被控訴人)

控訴人の主張事実は、全て認める。

第三、証拠

裁判所は職権により原判決事実および理由欄掲記の各証拠を取調べた。

理由

一まず、被控訴人の当事者適格について按ずる。

職権により取調べた各証拠によれば、控訴人杉浦さかは、昭和四四年二月二四日、「同人は、大正一四年七月二四日以来、被控訴人杉浦元七名義の本件土地を引続き自己のために占有しその地上建物に居住している利害関係人であるところ、杉浦元七は、明治初年から、所在不明で、戸籍も存せず、その生死も判明しない不在者である。」との理由をもつて同人のため名古屋家庭裁判所岡崎支部に財産管理人選任申立をなし(昭和四四年家第一一九号事件)、これにに対し、同裁判所が、同年四月一日、申立人の右申立を相当と認め、築山国之を不在者杉浦元七の財産管理人に選任する旨の審判をなした事実が、認められる。

そこで、右認定の事実を前提にさらに検討するに、元来、右審判は、杉浦元七を不在者と確定し、これによつて築山国之を右杉浦元七の財産管理人に選任することを内容とし、それが固有の職分管轄にもとづき家庭裁判所によつてなされたもので、かつ、性質上いわゆる形成の裁判に属することからして、これについては、固有の職分管轄を有する家庭裁判所による家事審判関係法令所定の手続にもとづく適法な取消・変更がなされない限り、利害関係者は勿論、たとえ一般民事裁判所といえども、右築山国之を杉浦元七の財産管理人に選任した裁判に拘束され、その効力を否定し、あるいは、右杉浦元七を不在者であるとした判断に牴触・相反する主張ないし判断をなし得ない、ものと解するのを相当とする。

二したがつて、昭和四四年四月一二日、名古屋家庭裁判所岡崎支部が、杉浦元七を不在者となし、築山国之を財産管理人に選任した審判が、家庭裁判所によつて適法に取消・変更された事実を確定し得ないのに、原裁判所が、被控訴人を死亡したものとなし、被控訴人の当事者適格の欠缺を理由に、本訴請求を不適法として、却下したのは、失当である。

三よつて、原裁判を取消し、本件を原裁判所に差戻すべく、民事訴訟法第三八六条、第三八八号を適用し、主文のとおり判決する。(山田正武 日高千之 鬼頭史郎)

【参考】

第一審 判決

原告 杉浦さか

被告 杉浦元七

右不在者につき財産管理人 築山国之

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実および理由

原告は「原告と被告との間において別紙目録記載の土地は原告の所有であることを確認する。被告は別紙目録記載の土地につき保存登記をなし原告に対し昭和二〇年七月二四日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をなせ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として

一、原告は大正一四年七月二四日養母杉浦けい死亡後その占有していた別紙目録記載の土地について占有を承継しそれよりこの土地を自己の所有物として占有を継続し二〇年を経過した昭和二〇年七月二四日この土地を時効により取得しその後も占有を喪失することなく引続き占有を確保しつつ現在に至つたものである。

二、本件土地は未登記であるが原告は既に時効によりその所有権を取得しているのでその所有者であることの確認を求め且被告は保存登記の義務がある。

三、よつて原告は被告に対し本訴請求におよんだ

と述べた。

当裁判所は被告の当事者能力につき職権をもつて調査したところつぎのとおりである。

名古屋法務局安城出張所提出の登記官新谷憲三作成の別紙目録記載の土地に対する土地台帳謄本所有者欄によれば所有者は「亡杉浦元七、保管人杉浦甚十」とあり且安城市長杉浦彦衛の回答書によれば杉浦元七の戸籍、除籍は安城市安城町一八七番戸杉浦元七に関する限り同庁には戸籍、除籍の原本は存在せずその謄本発行不能の旨回示し居るものであり、又、原告提出の上申書(杉浦ワサノ名義)に基づき右杉浦元七の菩提寺と目さるる安城市安城町所在明法寺に照会したるところ、同寺住職安藤正剛の同寺保管の過去帳に基づく右杉浦元七の娘おい志(法名釈尼妙満)が明治三年八月一八日、同娘おすえ(法名釈尼妙意)が明治九年六月三〇日いずれも年歯六〇歳位で死亡し居る旨(杉浦元七の記載はない)の回答と原告本人審訊の結果とを綜合すれば現在被告杉浦元七の年歯を逆算すれば百数十歳に達することの推断が容易であり、その死亡は強度の蓋然性が認められ前記公文書たる土地台帳上の「亡杉浦元七」なる記載と相俟つて本件被告杉浦元七は仮令形式的には不在者としての家庭裁判所の審判を有するものではあるがその実体は本訴提起(昭和四四年五月九日)前既に死亡し居る者であつて訴訟法上諸効果の帰属主体たり得ず当事者能力を欠くものと断ぜざるを得ない。

(なお序ながら当庁において職権をもつて名古屋家庭裁判所岡崎支部より取寄せたる杉浦元七を不在者とする財産管理人選任申立家事事件記録(同庁昭和四四年家第一一九号)によれば同申立は昭和四四年二月二四日なされているに拘らず右申立の疏明書類として添付の別紙目録記載の土地にかかる土地台帳謄本は右申立より一年有半以前たる昭和四二年九月一二日作成のものであり、しかも同書面所有者欄には如何なる事由に基づくや不明のものなるも「所有者杉浦元七」とのみ記載しあり同人は死者であり、「保管人杉浦甚十」ある旨の記載を欠くものを提出しあり、右のように杉浦元七が死者であり右土地の保管人として杉浦甚十ある旨の記載ある土地台帳謄本提出の場合は同家裁において右の記載を看過せざる限り杉浦元七を不在者として取扱うことの容易ならざることの推測難からざるところである。)

以上の次第であつて被告杉浦元七は死者として当事者としての適格を欠くものであり、右欠缺は原告の到底補正し得るところではないので本件訴は不適法として却下を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(安城簡易裁判所)

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